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[技ひと夢紡ぐ ものづくりの現場から] 鎚起銅器(新潟県燕市) 一枚板を立体製品に 工場を開放、海外展開も

金づちを使って鎚起銅器の製品を丁寧に仕上げていく玉川堂の職人=燕市

 

カンカン、トントン。銅製のやかんや急須の表面を金づちでたたく音が響く。職人は手元に視線を集中し、手が動くたびになめらかな表面に独特の鎚目(つちめ)模様が付いていく。燕市の「玉川堂(ぎょくせんどう)」で製造される「鎚起銅器(ついきどうき)」だ。

玉川堂は1816年に創業し、2016年に200周年を迎えた。燕市内で鎚起銅器を扱う約10軒の中で、最も歴史が古い。やかんや急須のほか、ビールカップやタンブラー、ぐい飲みなど時代に合わせた製品を手掛ける。

職人は金づちや木づちのほか、製品を引っ掛ける「鳥口(とりぐち)」と呼ばれる独特な道具を使う。多くが職人個人の専用だ。1枚の銅板を焼いて軟らかくしながら、打ち延ばしたり、打ち縮めたりして立体的な形にしていく。独自の着色技法を持ち、金色や銀色などに仕上げる。

職人歴48年の細野五郎さん(67)は「同じ作業をしていても、その時々で気持ちや手の動きに微妙な違いが出る。それが手仕事のいいところだ。長く使ってもらいたいと思いながら向き合っている」と語る。

職人は現在22人おり、6人が女性だ。バブル崩壊後に贈答品需要が落ち込み、約40人いた従業員の半数を解雇したこともあった。近年は県内外から毎年数十人が応募するようになった。

入社4年目の潮真理絵さん(27)は埼玉県出身、高校と美術系大学で鍛金を学んだ。「いろいろな商品を打てるようになり、仕事が楽しい。私たち若手がデザインすることで、若い人たちに鎚起銅器を知ってもらうきっかけをつくりたい」と目を輝かせる。

鎚目模様が付き、独特の色彩が特徴的な玉川堂の鎚起銅器=燕市

近年は海外展開も進める。7代目の玉川基行社長(47)が就任した03年以降、欧州の見本市に出展し、徐々に販路を拡大。米国やロシア、中国などでイベント販売したり、店舗に卸したりしている。国内では、14年と17年春に東京に直営店をオープンした。

玉川堂は燕本店の工場を開放し、作業を見学しながら職人と話せる「オープンファクトリー」としている。玉川社長は「職人と顧客が会話することが大事だ」と力説する。一つ一つが手作業の鎚起銅器は数万~数十万円と、決して安価な製品ではない。工場で実際に見聞きしてもらい製品の価値を伝えるのが狙いだ。

「スタッフの手で売ることで顧客との信頼関係が生まれ、愛着を持って使ってもらえる。これが地場産業が生き残る道だ」と玉川社長。「世界中から人を呼び込みたい」と力を込めた。

(新潟日報社・渡辺隼人)

<鎚起銅器> 金づちや木づちで打ち起こし、1枚の銅板から継ぎ目のない立体的な製品を生み出す。丈夫で使い込むほどに光沢が増す。江戸時代に仙台の渡り職人が燕に製法を伝え、鍋ややかんなど日用品の製造から始まった。明治時代に彫金技術を取り入れ美術工芸品としての地位を確立した。燕鎚起銅器は国の伝統的工芸品に、玉川堂の鎚起銅器は県の無形文化財に指定されている。


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